2009年『ライブテープ』で日本映画・ある視点部門作品賞を受賞。2011年『トーキョードリフター』上映。登場するたびに作品が大きな話題を呼ぶ松江監督は、もはや、TIFFの顔とも言える存在だ。3回目の出品となる本作は、アボリジニの伝承楽器ディジュリドゥを演奏する日本人アーティスト、GOMAの音楽と人生を再構築したライブ・ドキュメント。記憶をなくす難病を抱える主人公にとっては、「生きた証」を伝える、かけがえのないギフトでもある。はじめて撮った3D作品がコンペ部門に選出された監督に、思いを語ってもらった。
9/20 第25回TIFF記者会見に登壇した松江監督
手前のものと奥のものをくっきり見せる3D
――『ライブテープ』『トーキョードリフター』と、これまで被写体=自分というような親密な距離感で映画を作ってきましたが、今回は、終始見守ろうという温かい視線が感じられます。
松江哲明監督(以下、松江):それはたぶん、GOMAさんの音楽と僕の聴き方の距離感だと思います。正直に言うと、僕はディジュリドゥみたいな民族楽器の音楽を聴いたことがなくて、最初は「えっ、全然歌がないの」と(笑)。でも音に乗って体を揺らして聴いたら、すごくよかった。震災から間もない時期に聴けたことも新鮮でした。
『ライブテープ』や『トーキョードリフター』は完全に自己投影してるから、その違いはありますね。自分のなかのコアな気持ちを表現しているのは、『トーキョードリフター』なんですよ。強い言葉は言えないけど、風景を撮って肯定したい。でもGOMAさんを通してなら、もっとポジティブなことが言えると思いました。
――ディジュリドゥという倍音楽器のバイブレーション。その野太い音を煽るリズム・セクションの白熱するビート、追突事故の後遺症で記憶を維持できなくなったGOMAさんの半生。そのすべてを感じ、受け止めてほしい映画です。
ミュージシャンとしての記憶をなくした今も、GOMAさんはアグレッシブに演奏活動を続けていますが、その「失われた過去」と「失われるかもしれない現在」を記録するにあたって、3Dは必然的な選択だったのでしょうか?
松江:映画にも登場しますが、昨年3月29日の復帰ライブに行って、はじめてGOMAさんの演奏を聴いたんです。最初はテレビ用の企画で、SPACE SHOWER TVの高根順次プロデューサーから高次脳機能障害という病気のことを聞いていましたが、ライブを見て、病気である以前に圧倒的に音楽の人だなと感じた。そのことが一番に伝わる作品を作ろうと考えるうちに、3Dというアイデアが自然と湧いてきました。
ライブのエネルギーやGOMAさんの人生に起きたことを「体験」してもらうには、2Dでは撮れないと思いました。もちろんテレビ版は2Dでしたが、最初から3D映画を目指していて、スタジオライブの撮影もそのことを研究した上で臨みました。
――音楽家のドキュメンタリーを作る場合、ステージとバックステージを交互に描くオーソドックスな方法もありますが、なぜ今回、音楽と人生を同時にフラッシュバックさせようと思ったのでしょう?
松江:2Dで作るなら、そうしたやり方をしたかもしれません。でも、今回は3Dで作るというのが大きなテーマでした。3Dだったら過去と現在を同時に映しても、説明的にならず飽きられない。3Dではよく奥行き感や手前に飛び出してくる効果が強調されますが、僕は幾つものレイヤーを設定して、それに基づいた作り方ができないかとずっと思っていたんです。つまり、手前のものと奥のものをくっきりと同時に見せられないか、と。そうすることで、GOMAさんの存在のすべてを知覚できるのではないかと考えました。
――演奏するバンドの背景に、オーストラリアの雄大な風景が浮かび上がる場面は強烈ですね。
松江:ヤバイですよね(笑)。あそこで映画のリズムが変わるんですよね。
――GOMAさんは現地で開かれるディジュリドゥ・コンペティションで入賞し、オリジナル・アルバムを出すほど実力のあるミュージシャンですが、2009年の事故の後しばらく音楽活動を辞め、絵を描きつづけます。聖地エアーズ・ロックに極彩色の絵がオーバーラップされるシーンは象徴的で、GOMAさんの人生の縮図のようです。
松江:あれは編集の今井大介さんの功績です。映像チェックをしているとき、僕も「これはすごい!」と思わず笑ってしまいました。ライブ撮影のときに来てもらい、生の雰囲気を味わったこともあって、いろんな編集のアイデアが浮かんだんだと思います。
――過去の映像は、どんな観点から素材を選んでいったのでしょう?
松江:この作品の前に高根さんと組んだ「極私的神聖かまってちゃん」(*1)では、ファンにカメラを預けて撮ってもらいました。自分以外の第三者が撮った素材を使うのは、ドキュメンタリー作家としてむしろ歓迎すべきことです。
膨大な中から素材を見つけるのは大変だけど、意図できないものが映画に入るのはすごくスリリングで面白い。その点で恐れはありませんでした。今回、記録映像を選ぶに当たっては、GOMAさん自身にこれらの記憶がないことを意識しました。GOMAさんがこの映画を見たときに、たとえ覚えていなくても、記憶を刺激するものにしたかった。
描けない部分をアニメーションで表現する
――高次脳機能障害という病気は、脳のどの部分が損傷したかによって失われる記憶が異なると聞いています。GOMAさんの場合、子供の頃の記憶はあっても、成人して十数年の大切な記憶がないという症状です。また、現在時の記憶も維持できないから大変な困難もつきまとう。リハビリして、あれだけすごい演奏ができるのに、そのこと自体も記憶に残らないのでしょうか?
松江:スタジオライブを撮り終えたときGOMAさんに聞きましたが、「今日演奏したことは覚えているけど、記憶としては1週間もたない」と言っていました。それで奥さんのすみえさんに電話をし、覚えているうちに、今のGOMAさんの気持ちをカメラに収めてほしいと依頼しました。実はテレビ版(*2)はその場面から始まる構成でした。でも番組を見たGOMAさんが「覚えてないけど、とても不思議な感じだった。エネルギーを貰った」と言ってくれたのが印象的で、映画の冒頭を変えたんです。
『トーキョードリフター』でも『ライブテープ』でも、撮り終えたときの充実感はスタッフやキャストの中に残っていて、いつでも共有できる。でも、GOMAさんの中にはそれが残らない。このことを知って、さみしいというか、切ない気持ちになりました。
――GOMAさんが結婚する1997年から始まることからもわかるように、これは音楽活動の記録であると同時に、家族の物語でもあります。
松江:いろんな苦労と体験をされてきたわけですが、日記の言葉はポジティブなものが多く、大きな原動力になっていると思います。事故に遭った翌年、東日本大震災が起こり、きつい精神状態の中であんな言葉が生まれたというのは、未来に向かって残しておきたかった。日記は膨大な量ありますが、映画では必要最小限な言葉を残したつもりです。
あとは、音楽のリズムに乗って見せられるかどうかも大切な要素でした。映画に残ったのはどれも、自分にとって印象の深い言葉です。震災の後、不安を感じていた時期でも心の拠り所になりました。
――最後にお尋ねしたいのは、やはり、臨死体験の映像パートです。3DでGOMAさんの人生を体験してほしいという発想の核には、臨死体験を映像化したいという気持ちがあったと思います。特撮でやったら陳腐なだけかもしれませんが、これをアニメーションでやるところに松江監督のセンスを感じました。
松江:最近、作品によくアニメーションを入れるんです。「極私的神聖かまってちゃん」の時はタイトル文字をアニメにし、前野健太さんのライブ映像を収めた「DV」というDVDでも、アニメを入れています。今回もアニメーション作家の岩井澤健治さんにお願いしました。もともと、アニメーションとドキュメンタリーは相性がいいと思っていました。ドキュメンタリーは現実を映すけど、どうしても描けないものがやはりあるわけです。描けない部分をアニメーションという別の媒体に委ねて、はじめて映画は完成すると思いました。
アニメーションは今後も続けてみたいです。臨死体験のことは、ライブ撮影前の取材の段階で話を聞いていましたが、そこでカメラは回さなかった。この映画はそういう向き合い方は違うな、と思っていて、GOMAさんの過去の映像とスタジオライブの映像だけで作ってみようと決めていました。だから、どうしても描けない部分をアニメーションで表現するというのは、僕にとって自然なことでした。
――岩井澤さんにはどんな注文を出したのですか?
松江:GOMAさんの頭の中をどう描くかを念頭に、モノクロの手書きでこんな感じにできないかとイメージを伝えました。でもあの場面は作り直します。GOMAさんはいろんなことを忘れてしまうのに、臨死体験だけはダメ出しが出るくらい、ほんとによく覚えているんですよ。それに対して、奥さんが「なんかコワいですよねえ」ってニコニコしながら言っていたりする(笑)。テレビ版を見たGOMAさんから唯一ダメ出しされたのがあのパートで、本人の希望もあって変えることにしました。
――素晴らしいシークエンスだと思いますが、どんなダメ出しが出たのですか?
松江:体験して見たイメージと違うと。悔しいじゃないですか(笑)。
――映画祭で上映される最終バージョンが今から楽しみです。
松江:スタッフにも「いいね」と誉められたんですが、3Dならではの効果を増やしました。印象的な場面になっているし、テレビ版を見た人も褒めて下さるんですが、GOMAさんに「違うんですよね」と指摘されてしまっては(笑)。被写体と家族が作品をどう見るかが最も大事なことで、そこに一番強く届けば、観客にも自然に広がると思います。
*1 2011年1月26日にテレビ放映されたライブ・ドキュメンタリー
*2 テレビ版は2012年1月18日に放映され反響を呼んだ
2012年9月20日(木)六本木アカデミーヒルズ49
(インタビュー/構成:赤塚成人)
第25回TIFF コンペティション出品作品
フラッシュバックメモリーズ 3D
監督:
松江哲明
出演:
GOMA
辻 コースケ
田鹿健太
椎野恭一
10/6(土)チケット一般発売!
ticket board(チケットボード)にて独占発売!