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2012.12.07
[イベントレポート]
12/8(土)公開! 「大人として、ぼくは子どもたちに嘘でもいいから「生きていたら楽しいことがあるよ。」と言わなければいけないんじゃないかと思ったのです。」―10/23(火)日本映画・ある視点『サンタクロースをつかまえて』:Q&A

10/23(火)、日本映画・ある視点部門出品作品『サンタクロースをつかまえて』の上映後に、岩淵弘樹監督によるQ&Aが行われました。
サンタクロースをつかまえて

©2012 TIFF

 
まずは、会場の皆様に一言ご挨拶をお願いいたします。
 
岩淵弘樹監督(以下、岩淵監督):平日の午前中にもかかわらず、集まっていただいてありがとうございます。この映画は僕の実家でもある宮城県仙台市で去年のクリスマスに撮影した映画です。今日が初めての一般公開なので、皆さんからのご感想やご質問などをたくさんいただけたらと思います。よろしくお願いします。
 
実家に戻ってカメラを回すというのは、とても自然なように見えます。しかし、カメラの方がもう一人いるということからもわかるように、実は映画を撮ることをすごく意識して実家に向かわれるなと思います。クリスマスに実家に戻って映画を作るというのは、いつごろから意識し始めたのですか。
 
岩淵監督:2011年の3月11日に震災が起きて、カメラを回し始めたのは3月14日くらいからです。自分の身の回りの出来事を記録していて、その時は映画にするということよりも、とにかくこの状況は記録しなきゃと思って撮影していました。それで3月20日に初めて実家に帰った時に、実家の様子とか家族や友人たち、ここには映っていないのですが他にもいろいろなものを撮影しました。3月4月も撮影して、震災に遭った実家の話をドキュメンタリー映画としてまとめようと編集もしていたのですが、その時点では考えがまとまらず何も言うことができなかったので、中途半端に編集したものがそのままになっていました。
2011年の11月ごろにプロデューサーでカメラマンでもある方に「クリスマスに何かしませんか?」と言われたんです。その時は、クリスマスをテーマに映画を撮ろうと話していたのですが、一旦家に帰っていろいろ考えていた時、やはり震災のこと仙台のことが頭にありました。やはりそれを映画にしたいなと思って、プロデューサーに説明したら、僕の気持ちをすごくくみ取ってくれてこの作品にができました。
 
もう少しだけわたくしからお伺いします。映画の導入部がキリスト教という切り口で描かれています。それは編集段階で頭に浮かんできたことなのか、撮影の時にある程度その構想を持って臨まれたのか教えてください。
 
岩淵監督:クリスマスの一週間前に一人でロケ地探しをしに行きました。作品にも出てきます「光のページェント」(仙台市都心部の定禅寺通と青葉通のケヤキ並木に数十万に上る数のLEDを取り付けて点灯するイルミネーションイベント、2011年は55万個のLED電球が津波で流され開催が危ぶまれた。)のイルミネーションの下を歩きながら具体的に仙台で何を撮ろうかと考えていたとき、クリスマスというものを僕自身がどう考えているのかと疑問に思ったのです。作品の途中で出てくるおばあさんがいますが、あれは僕の叔母でキリスト教を信仰しています。そういえば叔母がなぜキリスト教に入ったのか僕は全く知らないで生きてきたので、これを機会に叔母の話を聞きに行きました。なぜキリストの誕生をお祝いするのか、そしてそれがなぜクリスマスなのかと叔母に聞いたのですが、その時に叔母が教会で毎年24日ミサのことを教えてくれて、その様子を撮影したいなと取材を申し込んで撮影させてもらったという経緯があります。なので、撮影の段階で大体構想として、僕の友人や光のページェントの実行委員長は撮ろうと決めて、東京から仙台に撮影に行きました。
 
日本人というのは不思議な国民で、普通にクリスマスを祝いながら、実は監督が映画の中で聞いていらっしゃるようなことって、あんまりみんな知らなかったりするわけですよね。
 
岩淵監督:僕自身が知らなかったです。
 
そういう視点から、日本人にとってのだれでもできそうなことでも、最初に行うことはむずかしいというまるで「コロンブスの卵」みたいなところから入る導入部が非常にいいなあと僕は思いました。
ご友人には、映画になるかもしれないけど今度帰るから、撮影に協力してくれと申し入れていたのですか。

 
岩淵監督:そうですね。僕は大学のころから、セルフドキュメンタリーで身の回りのものを撮っていました。なので、友達の前でカメラを回すことは躊躇がなくて、むしろ習慣的に撮っていました。ただ、すごく印象的なことがありまして、震災後の3月20日に実家に帰った時、僕はボランティアとしての気持ちはあったのですか、そこにカメラを持っているわけです。はたから見れば何しに帰ってきたんだというところだと思います。しかし、カメラを回しながら一緒に話していた友人に「おまえは結局、映画を撮りに来たんだろう。」と言われて、「あぁ、そうだよ。」と答えると、「それがお前の仕事なんだからいいんだよ。」と言ってくれました。友人との関係ができていたのもありますが、カメラを回すということを受け入れてもらった、というのがすごく嬉しかったですし、地元に対していろんな思いが湧いてきました。
岩淵弘樹監督

©2012 TIFF

 
それでは、Q&Aに入っていきます。
 
Q:とても素敵な心温まる映画をありがとうございました。途中で自然に何度も涙が出てきて、とても幸せな映画でした。とても素敵なお母様ですが、この映画をお母様はもうご覧になっているのでしょうか。その感想は何とおっしゃっていらっしゃいましたか
 
岩淵監督:ありがとうございます。母は、最初に見せたとき「仕事が決まった!」と言って少し涙ぐむシーンがあるのですが、それを見て「いいこと言ってる。」と泣いていました(笑)。あと、朝ごはんを食べているあの顔をどうにかカットしてくれないかと言われましたが、それは使わせてくれと言って承諾を得たような得ないような感じですが使わせてもらいました。
 
素晴らしいお母さんですよね。うちの母を見ているようでしたし、、皆さんもお母さんってこういうものだなとすごく思ったと思われたのではないでしょうか。
 
Q:映画の後半のご友人と車に乗っているシーンで、監督が「普通を撮ろうと思っている、けれど普通が何かわからなくなってきた。」とおっしゃっていました。映画が完成した後、その問題は解決しましたか。
 
岩淵監督:今も悩んでいます。たとえば、普通に生きるということは、親などみていて、就職をして結婚をして子供を育ててということだと育ちました。しかし、そう育ってきた僕自身が、今そのようには生きていない。他にも震災があり、これから子供を産めるのかとか育てられるのかということも含めていろいろ考えた時期がありました。今もこれからどうしていくんだろうとわからないでいます。ただ、仙台で自分の家族を守り毎日の生活を大変だけどやっている僕の同級生の彼に対しては、単純にすごいなと思っています。
 
お友達に「お前は誰のために生きているのか」とお聞きになりますし、カメラも子ども多くを映していますね。それは、岩淵監督がやはり自分も子供がほしい、彼のように守る家庭がほしいという思いの表れだったり、未来を担う子どもたちを思う気持ちもあったと思います。彼にそう質問したこと、また子どもたちをたくさんカメラに収めることに対する監督の思いをお聞かせ願いますか。
 
岩淵監督:新聞の記事で、福島の子供たちが「もう勉強しない。どうせ勉強しても僕らはもう放射能で死んじゃうんだから。」という記事を読んだときにもう言葉では表せない気持ちなりました。大人として、ぼくは子どもたちに嘘でもいいから「生きていたら楽しいことがあるよ。」と言わなければいけないんじゃないかと思ったのです。それは「信じていればサンタクロースは来るよ。」と言わなければいけないことと同じだと思っています。やはりその新聞記事がショッキングだったというのはありますね。僕には子どもはいないのですが、やはり子どもたちにサンタクロースを信じることやクリスマスをお祝いすることは、とてもいいことなんだよと伝えたいと思っています。
 
やばいですね。泣いてしまいますね。
 
Q:仙台では上映はされましたか。皆さんの反応はいかがでしたか。
 
岩淵監督:一度だけ関係者の方や出演していただいた方に向け、仙台で上映しました。全国的なお祭りではないので、東京の人たちはそんなに知らなかったりするんですが、「光のページェント」は、夏に七夕祭り、12月に光のページェントというくらい、仙台ではみんな知っているんですね。毎年の恒例のお祭りなので、当たり前になってしまっているのですが、この映画を見てくれた方が、この「光のページェント」への見方が変わったと仰ってくださいました。僕も「光のページェント」に対して感じるものが少なくなっていたのですが、改めて見たり運営している人の話を聞いてみて、こんな思いがあったんだなと思い、町として何をするべきかと仙台という町について改めて考えるきっかけになりましたね。
 
Q:作品のもう一つの大きな要素が音楽だと思います。最初に讃美歌には3回祈るのと同じであるということがありましたし、yumboさんを大きくフューチャーして、歌詞も画面にテロップで出すという演出をされています。音楽の使い方についてどのように構想されてこのような形にしたのかお聞かせください。
 
岩淵監督:その曲が好きなんです。一曲一曲がとても好きなので、曲をお客さんに聞いてもらいたいというのが一番でしたね。特に、yumboさんの歌詞をテロップで出したのは、『鬼火』という曲歌詞が、震災の前に作られた曲なんですが、僕自身にとってあの歌詞は震災を想起させるもので、震災の後に聞いたとき、『鬼火』のイメージが幻想的でありながらも何か力強さを感じて、そのイメージからテロップを出したいと思いました。
 
Q:もう一つ音楽についいてです。前作の『サマーセール』や音楽のPVも撮られているわけですが、監督は映画と音楽を組み合わせることに常に取り組んでいきたいとお考えですか。
 
岩淵監督:今のところはそう思っていますが、これからはどうなるかわかりません。なんでもいいわけではないと思うので、作品のテーマに合わせてその時出会った曲で、必要ならばそれに合わせた映画を作れたらと思います。
 
Q:すこし関係ない質問になるかもしれませんが、前作の『サマーセール』 という作品では、監督が出演されて仙台に帰っていないと悩むシーンがあります。あれはフェイクだったということでしょうか。この映画では、仙台に帰省されていますよね。
 
岩淵監督:『サマーセール』での映画のラストのシーンで「僕は仙台に帰らずになにをしているんだろう、東京で何をしているんだろう。」というくだりですね。まず、お客さんにこの作品の説明した方がよさそうですね(笑)。『サマーセール』という作品は、今年の3月ごろに、「音楽と映画」という企画の中で作った映画で、シンガーソングライターの大森靖子さんと僕がホテルに2泊3日して映画を作ろうと泊まるんですが、彼女の曲に僕が全然乗りきれず(笑)、もう彼女のことを撮りたくないと言ったり、それで彼女は自分でカメラを持って自分を撮りはじめ、その中でなんだか僕が大森さんを好きになったり、ちょっとめんどくさい映画です(笑)。
その映画の最後に、僕は「僕は仙台に帰らずに東京で何をしているんだろう」というテロップを入れています。
 
ぜひ、『サマーセール』とこの作品をセットで見てもらいたいものです。というのも、『サマーセール』で、あんなにもがいていた岩淵監督が、その裏できちんと構想して作品を撮っていたという本当に対になる映画です。
 
Q:温かい映画をありがとうございました。『サンタクロースをつかまえて』というタイトルに関して、僕個人にはサンタクロースというのは夢や希望があるイメージあり、それが子供たちにとっての希望だったりとか今後の復興への指針を示すようなポジティブな意味合いがあると思ったのですが、どういった思いでこのタイトルをお付けになったのですか。
 
岩淵監督:まさにおっしゃる通りです。最初の仮タイトルは「嘘の街」というタイトルでした。しかし、それだとちょっとネガティブなイメージが強いということで、僕とスタッフの3人でタイトルを決めていたのですが、全員が30代の中出た、一番ファンタジーで思い切ったタイトルが『サンタクロースをつかまえて』でした。
 
時間も迫ってまいりましたので、最後に一言お願いします。
 
岩淵監督:最後にスタッフを紹介させてください。実は、今日は母がこの会場に来ています(客席のお母様に拍手が巻き起こりました!)。プロデューサーの山内大堂さん、録音の辻井 潔さん、音響の山本タカアキさんもいらっしゃっています。そして、僕、岩淵でこの作品を作りました。今日はありがとうございました。
 
映画のタイトルにちなんで、サンタの帽子をかぶって登壇された岩淵監督。おちゃめな一面をのぞかせました。
しかしQ&Aでは新聞の記事の福島の子どもたちの話をされ、司会の矢田部プログラミング・ディレクターをはじめ、客席でも涙する方の姿がみられる一幕も。語られる言葉から、深い考えのもとこの映画を作ったことが感じられるQ&Aとなりました。

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