ジョン・ロブレス・ラナ(監督)(『ブワカウ』)
昨年、2011年の東京国際映画祭“アジアの風”部門でもフィーチャーされた、フィリピンを代表するインディペンデント映画祭=シネマラヤ・フィリピン・インディペンデント・フィルム・フェスティバル。コンスタントに良作が登場するシネマラヤは、各国の映画祭関係者からの引き合いも多く、いまや世界ではフィリピン映画=シネマラヤ作品との感も強い状況だ(そこには様々な問題があることも事実なのだが、それはさておき)。
そんなシネマラヤから、今年も極上の1本が東京国際映画祭にやってきた。2012年の同映画祭ではエディ・ガルシアの最優秀主演男優賞を含む3賞を制覇、第85回・米国アカデミー賞では外国語映画部門のフィリピン代表にも選ばれたその作品『ブワカウ』のジョン・ロブレス・ラナ監督にお話しをうかがった。
――『ブワカウ』はシネマラヤの”Director Showcase”という、既に一定の商業映画のキャリアを持った監督が参加する部門に出品されました。今年は他にアドルフォ・アリックスJr.やレイモンド・レッド、ホセ・ハビエル・レイエスといったメジャー監督も参加していますし、昨年の東京国際映画祭で上映されたジェフリー・ジェトゥリアン監督の『クリスマス・イブ』もこの部門の出品作です。あなたのようなプロの映画監督にとって、シネマラヤに映画を出すことには一体どんな意味があるのですか?
ジョン・ロブレス・ラナ監督(以下、ラナ監督):僕は脚本家としてキャリアをスタートさせたのですが、目標は映画監督になることでした。ですから、オファーがあればどんな仕事でも受ける覚悟で、結果的には「娯楽映画やテレビのソープ・オペラなど、なんでもやれる」監督として経験を積んでいったのです。ただ、自分の中にはずっと「自身の気持ちに忠実な作品をつくりたい」「商業的成功のプレッシャーから解放された映画づくりをしたい」という思いがありました。そこで、まだ映像化されていない、書きためた脚本がいくつかありましたので、その中からひとつをチョイスして、自己解放のために映画を撮って、シネマラヤにエントリーをしたわけです。それが『ブワカウ』です。
――あなたの師匠にあたるマリルー・ディアス=アバヤ監督も、商業映画とインディペンデント映画の世界をバランスよく渡り歩いていますね。
ラナ監督:そうですね。彼女の影響は大きいと思います。彼女と一緒に働いていた4年間は、ふり返ってみれば映画学校に通っていたようなものだったかもしれません。いわゆる“映画言語”を身につけたのもこの時期のことですし。
――あなたの登場によって、フィリピンのインディペンデント映画はさらなる成熟をみせたのではないでしょうか。
ラナ監督:僕のことはおいておくとしても、ある程度の盛り上がりをみせていることは間違いないですね。今年のシネマラヤも、多くの上映が売り切れになっていましたし。ただ、その観客のほとんどが映画やアートを志向している学生であるため、たとえ一般公開されたとしても客層が広がっていかない、すなわち興行的な成功がのぞめないのが現実です。さらに、劇場配給網はメジャー・スタジオが握っていますので、そもそも街中の映画館にかかること自体がまれなのですが。
――『ブワカウ』はフィリピンで劇場公開されたんですよね?
ラナ監督:2週間だけですけどね。これはフィリピン映画の平均的な上映期間です。
――興行成績はいかがでしたか?
ラナ監督:トントンというところですね。損はしなかった程度というか。上映は9月5日からだったんですが、同時期に9本の新作が公開されまして・・・。その中には、ベルリン国際映画祭のコンペティションにノミネートされた、ブリリャンテ・メンドーサ監督の『Captive』もありました。まあ彼の作品の興行成績は・・・なんでさほど影響はなかったんですが(笑)、11日からスタートした『Mistress』という不倫ドラマが大ヒットを記録しまして。この影響をモロに受けてしまったという感じです。
――エディ・ガルシアの出演は、興行面への影響はあったのでしょうか?
ラナ監督:それはもちろんあったと思いますが、ちょうどプロモーション期間中に彼が病気になってしまいまして。いまはピンピンしてるんですけどね。それよりも、いま私たちフィリピンの映画監督が直面しているのは、検閲の問題なんですよ。とくにインディペンデント映画は、検閲が足かせとなって公開の道が閉ざされるケースがしばしばあります。
――具体的には、どのような点が足かせとなっているのでしょうか。
ラナ監督:『ブワカウ』を例にしてご説明しましょう。映画の終盤で、エディ・ガルシアとレス・コルテスが3回キスをするシーンがありますよね? 男性同士で。あの場面は、フィリピン公開時には2回のキスになっているんです。その理由は「3回だと扇情的すぎるのでR-18(18歳未満鑑賞不可)指定にせざるをえない」と検閲官がいうものですから(苦笑)。
――それは“男同士のキス”だから、ということですか?
ラナ監督:そうです。フィリピンは男女の性描写には寛容な国ですから、男女だったら何回キスしても大丈夫です。
――数年前に日本でもプチ・ブレイクしたオーブリー・マイルズが出演するような、セクシースター主演のセックス・ムービーはフィリピン映画の、いちジャンルとして確立していますね。
ラナ監督:ですから、泣く泣くキスを1回分カットしたんです。それともうひとつ、言語の問題というのもありました。ジョーイ・パラスが演じた、美容室アシスタントの男性というか女性というか、そういうキャラクターがいましたよね。彼女がビコール語という方言で「あなたの口(いい方)は汚い」という台詞があったんですが、この発音がタガログ語の“女性器”に似ていると検閲官がいうんです。もちろんこれはたまたまだったんですが、そのままでは「余計な誤解をされかねない」と。そこで、仕方なくタガログ語でアフレコをし直して、そのDVDを再提出したんです。そうしたら、機器の相性の問題でその部分が上手く再生できなかったんですね。すると、面倒くさくなった検閲官が「OK、OK。もういいから」って、そのままパスですよ!
――そんな苦労を経て完成した『ブワカウ』ですが。この作品の成功は、あなたの今後の創作活動にどのような影響を与えると思いますか?
ラナ監督:僕はいまGMAというフィリピンのテレビ局で働いているのですが、ここでのテレビドラマの演出や、バラエティ番組の構成といった仕事は、今後もキープしていきたいと思っています。その上で、映画方面では『ブワカウ』のような、自分ならではの路線を進めるといいのですが。
聞き手:杉山亮一(映画ライター)