ソーレン・マリンさん(俳優)、トマス・ラドアーさん(プロデューサー) (『シージャック』)
海賊と交渉するCEOも、実は囚われ人なのです
インド洋上で貨物船が海賊に拿捕された。海運会社のCEOは、法外な身代金を要求する海賊との交渉に自ら臨むが…。
デンマーク映画『シージャック』は、息詰まる心理戦が最後まで続く男性派サスペンス映画だ。
トマス・ヴィンターベア監督『光のほうへ』(10)などの脚本家を経て監督となった新鋭トビアス・リンホルムの長編2作目となる。
来日した主演俳優のひとりソーレン・マリン氏、プロデューサーのトマス・ラドアーさんには、記者会見とは違う質問をしているので、記者会見の報告記事と併せてお読みいただきたい。
――ラドアーさんが長編映画を初プロデュースした『25ミニッツ』(05)は、日本でもDVDで紹介されています。トビアス・リンホルム監督の長編デビュー作“R”(10)でもプロデューサーを?
トマス・ラドアー:そうです。“R”の後に、監督からシージャックを題材にしたアイデアがあるとオファーを受け、再び組むことになりました。『25ミニッツ』も銀行強盗が救急車を乗っ取るサスペンスですが、これは全くの偶然です。
――ラドアーさんはプロデューサーとして、どのようなタイプでしょうか。例えば、監督のサポートに徹する。あるいは、監督とともに二人三脚で考えていく。
トマス・ラドアー:簡単に分けて答えるのは難しいですね。どちらであり、どちらでもない。
プロデューサーの第一の使命は、監督とストーリーをサポートすることです。そのためには愛情を込めて作品を作らなければいけないし、愛情を込めて俳優やスタッフと接しなければいけません。同時に、ムチも必要です。もちろん対立が生まれることがありますが、すべては彼らに良い仕事をしてもらうためですから。
愛とムチを両立させる。これがプロデューサーなのだと僕は思っています。
――CEO役の、内面を表情に出さずに極限状況に耐える演技が見事だったマリンさん。貴方を「Comedian」と紹介している海外の映画サイトがあるのですが。
ソーレン・マリン:いえいえ、私は芸人ではなく俳優ですよ(笑)。ただ、コミカルな役は今まで多かったですね。途中で現れて、おかしなことを言って笑わせる。そんな脇役はいろいろ演じてきました。
――マリンさんは、デンマークのテレビ史上最高視聴率を記録したドラマ「THE KILLING/キリング」(07)に出演し、ヒロインである女刑事サラの相棒イエン・マイヤ役で人気を博しています。感情をよく前に出すイエンのキャラクターが印象的だったので、ポーカーフェイスのCEO役はさらに鮮烈でした。
ソーレン・マリン:『シージャック』のCEO役は俳優としては難しい、ひとつのチャレンジといえる役でした。それでも、あえて演じてみたいと思ったのは「どんな表現でも減らすほうが豊かになる」と考えているからです。最初の2分で感情のすべてをさらけ出す演技をしてしまったら、その後にやることがありませんしね。
できるだけ感情を抑えた演技のほうが現実的ですし、観客に「この人物は何を考えているのだろう?」と想像してもらう余地を残すことで、より深く伝えられると思っています。
――乗組員の生死を賭けた交渉の重圧に、一度は潰されそうになるCEO。ワイシャツを着てネクタイを締めるうちに再び冷徹な表情に戻り、社長室を訪ねて優しく支えようとした妻に「帰れ」と言い放ちます。白眉といえる場面だけに、演技も難しかったのでは?
ソーレン・マリン:重要な場面ですが、演技自体は難しくはありませんでした。私の登場場面はほぼ順撮りで撮影が行われたため、あそこに至るまでに彼がどれだけ苦悩し切羽詰まっているか、手に取るように分かっていたのです。役になりきれていたから、スンナリと演じられました。自分でもいい場面だと思っています。印象に残ったとしたら嬉しいですね。
――乗組員たちは洋上で海賊に監禁されていますが、CEOもまた、劇中では自分の会社から外に出ていない。映画の構造は、2つの場所の密室劇といえます。
トマス・ラドアー:その通りです。乗組員を救う立場のCEOも、大きな社会的・道義的責任と孤独のなかにいる。どちらも囚われ人なのです。
トマス・ラドアー:長い交渉が終わった後、CEOはどこへ向かうのか。映画では語られていませんが、私としては、彼には妻のもとへ帰ってほしいですね。そして妻とキスをして、今度は私生活をやり直してもらう(笑)。
――海賊のメンバーなど、キャスティングにはアマチュアが多く起用されているとか。俳優の演技にリアリティを重んじるデンマーク映画の伝統と、連ねて考えてよいでしょうか。
トマス・ラドアー:『シージャック』に関しては、あくまで監督のメソッドです。CEOをサポートする交渉人役がいますね。彼もアマチュア俳優で、実は本物の交渉人なのです。素晴らしい演技を見せてくれましたが、もし彼が全く自分と縁のない役を演じるとなったら話は別でしょう。これは、特殊な仕事を熟知している本人に自分自身を再現してもらったケースです。リアリティを出すためには、非常に有効なメソッドだと思います。
ソーレン・マリン:彼は交渉人としてはプロ中のプロですから、電話交渉の場面で私がアドリプをしても、それを上回る凄い演技を返してきましたよ。共演は楽だったどころか、逆に学ばされることが幾つもありました。
――乗組員側の主要人物が、監禁中の心の支えにしていた結婚指輪(首にさげている)を海賊に見つけられたところから悲劇が起こります。日本で公開される近年のデンマーク映画には家族の愛を重要なものとして描く作品が多いだけに、家族の存在が不幸な結果をもたらす展開は、皮肉に感じました。
トマス・ラドアー:シージャックやハイジャックの、最悪の結末は死です。交渉する側がどれだけベストを尽くそうと、起こり得る事態です。それを象徴するために、死を描くことは避けられませんでした。彼はあそこで結婚指輪を出すべきではなかった。しかし同時に、彼の家族のもとへ帰りたい思いはそれだけ強かった。一歩間違えばすぐに死と隣り合わせの状況であることを、家族を絡めた皮肉によってより強く表現したかったのです。
聞き手:若木康輔(ライター)