10月23日(火)、アジアの風部門出品『ブワカウ』の上映後、ジュン・ロブレス・ラナ監督によるQ&Aが行われました。
石坂プログラミング・ディレクター(以下、石坂PD):フィリピン映画はアジアの風で何度か特集を組んできまして、去年もシエマラヤ映画祭の特集をしました。シネマラヤ映画祭に出品される作品は毎年質が高く、今年は、シネマラヤの主演男優賞と来年のアカデミー賞のフィリピン代表作品に決まったこの作品を上映して、監督をお招きすることができました。まず、私からいくつか質問をさせていただきます。主演男優賞のエディ・ガルシアさんはもちろんですが、ワンちゃんもたいへん素晴らしいですね。あの犬はどのように見つけたのですか。
ジュン・ロブレス・ラナ監督(以下、監督):あの犬は雌犬で、YouTubeで発見しました。元々は別の犬が決まっていたのですが、撮影の数週間前にその犬のオーナーが辞退してしまったのです。もうオーディションをする時間が残されていなかったので必死になって探して、ようやくYouTubeで見つけたのがこのプリンセスという2歳半のゴールデンリトリバーでした。訓練所で爆弾を匂いで嗅ぎ分ける訓練をしていた犬で、私の知っている俳優たちよりも頭がいいと思います(笑)。フィリピンでも有名な犬になりまして、昼メロにも出ています。
石坂PD:監督は、日本でも『ホセ・リサール』などが公開されているマリルー・ディアズ=アバヤさんの脚本を何本か担当してから監督になられたそうですね。
監督:脚本家のコンテストがあり、その審査員を彼女が務めていたことが知り合うきっかけでした。『In the Naval of the Sea』という私の作品が選ばれ、彼女がプロデュースをすることになりました。その後、『ホセ・リサール』は共同脚本として書かせていただきました。最初のコンテストの時、私は20歳を過ぎたぐらいだったと思いますが、それから4年間一緒にお仕事をしたので、恩師のような方です。
石坂PD:エディ・ガルシアさんはフィリピン映画史の生き字引のような代表的な俳優で、半世紀にわたって活躍しておられますが、日本でいうと三国連太郎さんや山崎努さんのように、悪徳政治家の役をやらせると最高なのです。シネマラヤファンドの映画はインディペンデント映画だと思うですが、エディさんのような大スターであってもインディーズ映画にも参加されるのですね。
監督:エディ・ガルシアさんはフィリピンでは大スターですが、インディーズ作品をサポートしてくださっています。エディさんは、1950年代から映画界で活躍され、監督にもなり、50歳を過ぎてからアクションにも力を入れはじめ、監督としても数多くの賞を受賞されている大御所です。フィリピンでは人気の昼メロにも多く出ておられます。それだけ多忙でも、インディーズ作品に時間を割いて協力してくださるような人物です。
石坂PD:やはり脚本を読まれてから、出演に関するやり取りがあったのでしょうか?
監督:実は、彼とは以前にも一緒に仕事をしたことがあったので、意外とごく簡単にアプローチができました。脚本を送って3日後に、ギャラのことも何も聞かずに興味を示してくれました。
Q:主人公はゲイであることを周囲にオープンにしていたのでしょうか?
監督:周囲はレネがゲイだということは知っていましたが、レネというキャラクターはカミングアウトするまで相当時間がかかってしまいました。この映画の中で、彼の同僚たちは彼がゲイだということは知っていました。おそらく普通の世の中でもそうだと思うのですが、意外と自分が自分らしさを認めるというのはなかなか難しくて、逆に周りの人間の方がそれを理解して認めてくれているにもかかわらず、なかなか自分がそれに納得できないということがあると思います。それがまさしくレネなのです。
Q:主人公の男性と郵便局の同僚の女性は、2人とも身内が海外にいて、身寄りがほとんどいませんね。フィリピンの人というと、3世代くらいの大家族が集まって住んでいるという印象が非常に強いのですが、最近はこのように単身で住んでいる人が増えているのでしょうか?
監督:確かに大家族制が一般的なのですが、最近では、稼ぎ手は海外でお金を稼いで仕送りをしています。そういうのが今の社会の流れかなと思います。
Q:犬や猫が出演する作品は名作が多くて、最近では『アーティスト』、『人生はビギナーズ』、少し前には『ハリーとトント』がありました。犬や猫を主人公にして撮る時に、名作を撮った監督の影響は受けたのでしょうか?
監督:この作品は、犬についての映画とは違う切り口にしています。小津安二郎監督の『東京物語』は高校生の時に見ましたが、シンプルで静けさの中に強烈なイメージが残っています。そういう小津監督の映画の作り方には大きく影響を受けています。常日頃からこういう映画を作りたいなと思っていたのですが、どちらかといえば商業的な映画が多いもので、こういう手法は好まれないのです。今回こういうきっかけがあったので、自分が今まで作りたいと思っていた映画を作ることができました。
Q:素晴らしい映画をありがとうございました。エンドロールのクレジットで、「ルネへ」とあったのですが、その方はどういう方なのか、教えていただけますか?
監督:クレジットに流れていたのは、ルネ・ヴェネウェラという私が脚本家になったときの恩師です。彼が2007年に亡くなったときに、彼のことを忘れてしまったらどうしようという不安がありました。彼は厳しい人ではあったのですが、とても優しい人でした。そこで、生涯彼のことを忘れないためにと、彼のキャラクターを考えながらこの映画を作っていきました。そうして構想を練っているうちに、死を恐れる老人と死に近づいているのに生きようとする犬の対比が面白いのではないかと思いました。
石坂PD:楽しいお話をたくさんありがとうございました。最後にメッセージをいただけますか?
監督:最後に皆さん残ってくださってありがとうございました。私の作品が東京国際映画祭で上映されるということはこのうえない幸せです。
ブワカウ