10/24(水)日本映画・ある視点部門『NOT LONG, AT NIGHT 夜は長くない』の上映後、遠山昇司監督によるQ&Aが行われました。
司会:皆さんと一緒にご覧になるのかと思ったら、劇場から出ていかれましたね。
遠山昇司監督(以下、監督):そうですね。自分で見るのも怖かったので、ひたすら煙草を吸っていました(笑)
司会:冒頭にポーランドの女流詩人のヴィスワヴァ・シンボルスカの詩が出てきますよね。お好きなんですか?
監督:僕が大ファンの詩人で、この映画の一本前に撮った『グレーのバリエーション』という長編ドキュメンタリー映画でも冒頭で彼女の詩を引用しているくらい、つねに彼女の詩を読んで、脚本を書いたりしています。
司会:同じくポーランド出身のクシシュトフ・キェシロフスキ監督が、ある日シンボルスカの詩を読んでいて『トリコロール赤の愛』という映画のオリジナルアイデアを思い立ったという逸話があります。彼女はそのあとノーベル文学賞を受賞されたのですが、それまで日本ではなかなか翻訳されていませんでしたね。
監督:全然日本語訳されていなかったんですけれど、文学賞受賞後から何冊か出版されていますね。僕がとくに好きなのが『終わりと始まり』という沼野充義さんが訳されている本が好きで、もう肌身離さず持っています。
司会:シンボルスカの詩がこの映画のインスピレーションを与えたと言っても過言ではないということですね。
監督:そうですね。僕はタイトルを最初に決めて脚本を書くのですけれど、タイトルを決めるときに、よくシンボルスカの詩を何回も読み返すことにしています。
司会:シナリオを描くのにどれくらい時間がかかりましたか?
監督:第1稿に関しては1週間くらいで書きました。そこから大きく変わって、第5稿になると全然話が変わっていました。最初に第1稿を書いたとき、玉井さんに送ったらこんなキャラクターは演じられないと言われたのでじゃあ変えますということになり、全然初期のキャラクター設定とは違いますね。
司会:でも玉井さんが主演であることには変わりはなかったのですね。
監督:どっちをとるかと言われて、脚本を変えました。ただ、車の免許を持っていないので無理ですと言われたときは、じゃあ取ってくださいとお願いしました。
司会:ロケ地が熊本ですね。映画には、ロケ場所が必ずあるわけですが、この映画に出てくる熊本・天草という地は、なんだか主人公の心の中の幻想のような気がしてくるんですよね。いいロケーションを選ばれたなあと思ったのですが。
監督:熊本は僕の故郷なのです。ロケハンは非常にスムーズに進みました。この映画の企画は撮影監督の森 賢一さんと二人で熊本の飲み屋で話していて生まれたことなのですが、その森さんは写真家なのです。映画なんてほとんど観ていない人ですし、撮ったこともない。でもロードムービーは好きです、という話で盛り上がって、それでじゃあ映画撮りましょうよと言って、一か月以内に脚本を書き上げて送りました。キャスティングをして、すぐ森さんと天草を巡ったのですけれど、今回よかったのは、地元の写真家って、とにかくロケ地をめちゃくちゃ知っているんですよ。食べ物も泊るところもそうで、僕は本業はプロデューサーなので、食べ物と泊るところと見た目が三種の神器だと思っているのですが、森さんはいわゆる観光名所ではない、天草の本質的なよさが出ていたり地元の人しか知らないような場所を紹介してくれて、ロケ地を巡るだけで、僕の中で話がすぐストンと見えてきたというのはありますね。
司会:映画を撮る上で大事なことですよね。インディーズの映画撮るのは、まずロケ地ありきだと思います。ロケ地が美しいだけではなくて、便利な部分がないと駄目ですもんね。
監督:そうですね。非常に運もよかったこともありまして、造船所の場面は、撮影許可をもらっていた造船所に三日前に森さんと確認に行ったところ、巨大な船を作り始めていて、撮影が出来ず、参ったと思っていたら、ちょうど隣にもう一つ造船所があって、急きょそこで交渉をして撮りました。ある意味、予定していた造船所よりもう一つの造船所のほうが正解だったというか、僕としては良かったなと思っています。
司会:そろそろQ&Aに移りたいと思います。
Q:質問が2点あります。タイプライターを拾って、鯖節を渡してくれる俳優さんがとても印象的だったのですが、彼をどうしてキャスティングしたのですか。またタイプライターが何かを意味しているのか教えてください。
監督:まずタイプライターを拾った男ですが、あの方は米村亮太朗さんという僕の高校の先輩でポツドールという劇団の看板俳優です。この劇団は国内外問わず非常に評価が高く、僕も大ファンなのです。なので、米村さんにはいつか自分の映画に出ていただきたいと常々思っておりました。あの方の持つ狂気とかエロティシズムとか、とても色気のある人だと思っていて、彼には絶対出てほしいというのがまずありました。順番も2番目に登場しますが、おじいさんの次に出てくる道化の役という、力量を問われるポジションなので、あの人しかいないだろうなというはありました。
タイプライターの件ですが、脚本を何回も書き直していたとき、東京都近代美術館で企画展があったのです。アメリカの小説家ジャック・ケルアックが書いた『ロード』という有名な小説をもとに、世界中のいろんなアーティストが企画展をしたものですが、僕もロードムービーを撮っていることもあって興味深かったので、そのエキシビションを見に行きました。その中に、ある一人のアーティストがアメリカのたいへん有名なルート66という道で、いきなりタイプライターを投げ捨て、投げ捨てられた場所にチョークで印をつけて写真で撮り、また旅を続けるという作品があったんですよ。これが面白いなと思って、そこからパクリました(笑)。
Q.主人公が歩いていくライトアップされた道は、実在していて毎晩ライトアップされているのかでしょうか。
監督:あの道は、熊本の甘草のいちばん端の牛深という町にあるハイヤ大橋という橋です。イタリアを代表する建築家レンゾ・ピアノ氏と岡部憲明さんの二人の建築家が作られた橋になります。ああいう光の道のような建築物で、ライティングも夜になると映画のように照らされ光りだして、時間になると少しずつ光が秩序を持って消えていくのです。あれはまさに現実にあってVFXでもなんでもない本当にある橋ですね。実はつい2日前に、橋を作られた建築家の岡部憲明さんと対談させていただいて、映画とハイヤ大橋をお互いにどう思っているかという話をさせていただいたところでした。
Q:熊本で撮影したということですが、あえて方言がなかったように思います。そこに何か意図があったのでしょうか?
監督:いわゆる町おこし映画というものを作りたくなかったのですね。まず、われわれがスタッフの人たちに向けて言ったのは、これを町おこし映画ではなくて世界の人に見てもらえるようは映画にしましょうということでした。そのためには何が必要かというと、いわゆる観光地をずっと巡るような映画ではなくて、その土地の持つ本質的な部分を抽出しようと思いました。そのためには熊本ということは映画上必要がないと判断して、方言は全てカットしました。方言によって何かを豊かにしていくという手法を取らなかったというより、僕が町に最初に入った時に鯖節工場から煙の燻す匂いが漂ってきたのですが、その土地が持っている匂いを丁寧に見つめていくことで、この場所はどこなんだろうか、本当に日本にあるんだろうかと思っていただけたらと思いました。そうすることがその町にとって素敵なことになると思ったのですね。あの場所はどこにあるだろうかとみんなが能動的に知りたくなることで、あの町に行ってみたくなる。そうすると、町にとってもいいことになると思って、こういう手法を取りました。
司会:俳優さんの話を聞きたいのですが、玉井さんは最初から決まっていたそうですが、どういうきっかけだったのですか?
監督:鯖節工場で働いた男がいますね。彼と玉井さんが友人で彼の紹介でお会いしました。もともと僕はリン(『千と千尋の神隠し』:湯屋で働く湯女)の声が好きでファンなのです。僕の場合、ビジュアルでキャスティングするというより、声でキャスティングしたいのです。声がその人の何かを語っているというか、見た目以上のものを出してくれている気がして声に関しては執着心があります。
司会:古家優里さんに関してはいかがでしょう?
監督:古家さんに関しても、彼女はプロジェクト大山というコンテンポラリーダンスを主宰しているのですが、彼女の作品は前から見ていて非常に面白いなと思っていたのです。そうしたら、またここでも加藤笑平さんが出てくるのですが、彼が彼女と知り合いで紹介してくれと頼みました。加藤笑平さんは役者ではないのですが、人間力があるのです。実際彼には鯖節工場に働いてもらって、現場の人ともすぐに仲良くなりました。彼とは、付き合いでずっと見ていたら面白いなと思って出てもらいました。
Q:ポスターを見ると玉井さんの口紅がずれているのですが、映画でも鏡を見ないで口紅を塗っていますが、そこに込めた意味をお聞かせください。
監督:ずれているあのビジュアルがまず僕の中で浮かんだのです。実はあれはですね、僕はコム・デ・ギャルソンのファンで、コム・デ・ギャルソンしか着ないほどなのですが、彼女の90年代のコレクションで、口紅をずらすというメイクがあったのです。美術手帖を読み返していたらそれがあって、面白いなと思って参考にしたということです(笑)。つまりそれはビジュアルの面でずっと関心があったということで、彼女の二面性をあそこで表現したかったわけです。ずれている方が負というか辛い彼女であって、ずれていない方が彼女の本質的な様子を表しています。それがぬぐえていくことで彼女の本当の顔が取り戻されると考えて、ああいうメイクを施しました。
上映前に行われた舞台挨拶での模様(左から宮部修平さん(俳優)、古家優里さん(女優)、加藤笑平さん(俳優)、玉井夕海さん(女優)、遠山昇司監督)