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2012.11.09
[インタビュー]
公式インタビュー 日本映画・ある視点 『はなればなれに』

下手大輔監督(『はなればなれに』)
はなればなれに

©2012 TIFF

 
『はなればなれに』のもつ軽みとは裏腹に、下手大輔監督はなかなかの映画的知性を作品に吹き込んだ。インスピレーションを得た数々の名作と共鳴するこの映画は現代の日本を雄弁に物語っている。
 
—―小津安二郎の研究をなさってこられたと聞きましたが、小津芸術のどういう面を特に研究されたのでしょうか?
 
下手監督:まずひとつは、小津安二郎監督は、『晩春』から野田高梧さんという脚本家と一緒に脚本を書いていまして、そこから作風が少し変わったんですね。小津監督はカメラ助手から入ったのですが、彼がカメラを固定して画を決め、脚本の構造部分では、野田高梧さんが小津さんのやりたいことを理解していて、かなりの部分を受け持ったので、野田さんと小津さんの映画だということ。
もうひとつは、小津さんの映画というのは、例えば『東京物語』あたりですと、レオ・マッケリーというアメリカの監督の作品からかなり影響を受けていまして、いま比較するとかなり似ている部分があるんです。ですから影響を受けながら、どう自分の表現のなかにうまく組み込み自分のものにするのか、といったようなことを研究しました。
 
—―レオ・マッケリーからは、どのようなことを学ばれましたか?
 
下手監督:レオ・マッケリーからというわけではないんですが、小津映画と共通するように、決してドラマティックにならないということですね。小津の映画というのは、家族の崩壊を描いていると皆さんおっしゃるのですが、ぼくは本質的にはそうではなくて、年齢の踏み絵だと思っています。つまり年齢によって見方が変わってしまうのです。例えば、20歳の人にとってはまったく面白くない。ただ、20歳位の女性を出して、その役柄に共感できるような形はとっているので、その人物には感情移入できるかもしれないのですが、『東京物語』ですと、おじいちゃんやおばあちゃんとか、その子どもや家族との関係がなかなか理解できない。年齢が上がっていくごとに、どういう映画なのか、まったく見方が変わるということです。
 
—―小津の影響のほかに、ゴダールの影響もこの作品には見受けられます。『はなればなれに』における、ゴダールやニューウェイブの影響についてお話しいただけますか。
 
下手監督:ヌーヴェル・ヴァーグというのは、ゴダールを含めて何を描いているかというと、ぼくの認識としては精神の自由さであり、どんなときも精神が自由である人たちを描くのがいちばん魅力的だということで、ぼくの映画も精神の自由さというものをクロの中に描ければいいなと思って、それを意識しました。
 
—―それでクロは、アンナ・カリーナに似ているというわけですね。クロのシーンでは『女と男のいる舗道』などのゴダール作品を思い起こさせるようなところがありました。彼女はゴダール作品の登場人物を体現しているわけですね。
 
下手監督:アンナ・カリーナであったりアンヌ・ヴィアゼムスキーであったりですね。
 
—―たしかにホテルのシーンなどでも、ヌーヴェル・ヴァーグの、とくにゴダールやトリュフォーの作品を髣髴とさせるところがあったと思います。
 
下手監督:うまくは表現できていないのですが、豪がいろいろな人から「この銃はどうですか?」とか、「帽子はどっちが似合いますか?」などと聞かれる冒頭のシーンは、トリュフォーの『アメリカの夜』で、どんどん人が来る最初のシーンをイメージしました。お金がなくて人が足りなかったのですが(笑)。
はなればなれに

©2012 TIFF

 
—―作品を拝見して、ゴダールの「映画を作るのに必要なのは、銃と女の子だけだ」という有名なせりふを思い出しました。
 
下手監督:小津の場合は、ちゃぶ台とお父さんと娘ですね。ジャン=ピエール・メルヴィルは、愛と友情と裏切りがあれば映画になると言っています。
 
—―クロがアンナ・カリーナを体現しているとすれば、豪はやはり古い映画のいろいろな登場人物に影響を受けているのでしょうか? それともオリジナルですか?
 
下手監督:ウッディ・アレンを意識しました。
 
—―彼の服装も現代的ではあるのですが、ちょっと道化師めいたところがありますね。
 
下手監督:バスター・キートンも念頭にありました。
 
—―写真家が3番目の登場人物です。彼の物語は、カップルが別れるという、どちらかというと伝統的なものですね。彼は映画の中の非現実的な、つまりファンタスティックといいますか、メタシネマティックな部分にはあまり関与してきませんね。
 
下手監督:映画というのは、第3者の目があって、その人の反応があって初めて観客は他の登場人物が何をしているかを認識すると思っていますので、誰かしらの変わらない基準がほしかったのです。第3者の目でずっと豪やクロを見ていることで、観客が基準をうまく持てるんじゃないかと思いました。彼はつねに冷静です。
この映画自体はデジタルで撮ったのですが、カメラマンである彼が持っているのはフィルムのカメラなんですね。昔のフィルムのカメラというのは、映画もそうですが、シャッターが降りたときにフィルムが露光します。24コマですが、じっさいは48回転があって、映っている瞬間にはシャッターが閉じていますので、見ていないことになるんですね。カメラマンがいちばん最初に映画を見ているといわれますが、ぼくは本質的には見ていないと思うのです。映っているときは見えていない。
カメラマンである彼も、意図的に写真を撮るときは覗いて合わせるんですが、実際は見ずに撮っている。ですから、基本的には現像するまで誰も何も見えていない。映画もできあがるまでは見えていないということをメタファーとして入れているのですが、でもこれはまったく伝わっていないですね(笑)
 
—―この映画にはユーモラスなシーンがたくさんあります。おそらく映画表現におけるコメディというものを探っている作品なのではないかと思います。この映画を拝見して、フランク・タシュリンやジェリー・ルイス、ゴダールなどを思い浮かべました。監督のユーモアというのはスラップスティックもあるのですが、映画を作るということにのっとった、メタシネマティックなユーモアだと思います。
 
下手監督:『ナッティ・プロフェッサー』(ジェリー・ルイスの『底抜け大学教授』)などにすごく影響を受けていますし、プレストン・スタージェスとか、エルンスト・ルビッチとかにも影響を受けています。豪のラストはエルンスト・ルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』のラストを意識しています。
 
—―映画祭で上映される作品は、かなりシリアスなものだという期待があるのではないでしょうか。
 
下手監督:シリアスなものということが出たので、お話しできるとしたら、映画祭では震災を扱ったものがすごく多いと思うんです。ぼくも震災のドキュメンタリーを撮っていまして、東北の津波のあった場所をグーグルのストリートビューのように撮りたくて、震災から一週間ほどたった頃に、車で30キロくらいゆっくりとカメラを車に貼りつけて、ひたすら何十時間も撮ったんです。そこでいちばん驚いたのが、やはりどこに行っても大変なことにはなっているのですが、それ以上に驚いたのが、早朝から瓦礫の中を犬の散歩をしている方がいたんですね。人の習慣というのはそう簡単には変わらなくて、こういうことがあっても人は自分をマネージメントするために同じ習慣をとるのかもしれない。
そういう意味では、今回の映画の最後のシーンで描きたかったのは、自分の足で生きていくということ。元に戻っていく、でもみんな少しだけ変化している。クロも掃除をするくらいの、ちょっとだけいい子になった。それくらい変わっていれば十分なんじゃないかと。人は何日間だけでは劇的には変わっていかないけれど、それを積み重ねることによって少しずつ変わっていくんじゃないかということを一番描きたかったのです。
はなればなれに

©2012 TIFF

 
—―それでは、豪はどのように変わったのでしょうか? 豪はあまり感じのよくないガールフレンドの元に戻りました。
 
下手監督:豪は薔薇のブーケで叩かれても許容できるようになりました(笑)。
 
—―『はなればなれに』というタイトルですが、この映画の中で3人の登場人物が、それぞれどのような人生を歩んでいるかが最初に出てきて、あるときから3人が一緒にどこかに行き、あまり密ではなく、ただゲームをしたり遊んだりというような関係を築きますよね。そしてその後、はなればなれになるわけですけれど、これは現在の日本における人間関係のありようについての深刻なコメントなんでしょうか?
 
下手監督:難しいのですが、ぼく自身がたぶんそういう人間なんだと思います。ミルフィーユのように薄い階段を一歩一歩、みんなが一緒に上っていって関係性ができるというものを作っていて、テニスのシーンでは、もうひとりの第3者であるモモが現れることによって、英斗も第3者から抜けて3人になる。第3者が見ていない限り3人は一緒になれないと思ったのです。それでモモを登場させたのですが、ぼくのなかではかなり密な関係なんです。いい意味でお互いを意識しながら、誰かが一歩前に進めば誰かが一歩引くという、その距離感だけの問題で、例えばアメリカだったら距離感が違うのかもしれないけれど、その距離の違いだけで、関係性というのは違わないんじゃないでしょうか。そういう意味では、ぼくだけの感覚ですけれど、日本人を表しているのかも知れないなと思います。
 
聞き手:ニック・ヴロマン

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